36.枝廣淳子さん(ホタルイカ、GDPと本当の幸せ、そして持続可能な漁業)

数年前に富山県滑川のホタルイカ漁の見学に連れていってもらったことがあります。ホタルイカ漁の観光船が港を出るのは午前3時前。100人ほどが2隻の観光船に分かれて乗り込みます。15分ほどで煌々と夜の海を照らし出して作業する漁船の近くまで来ました。

漁船では15-16人の漁師さんがリズミカルに網をたぐり揚げています。ホタルイカの定置網です。水深を聞いたら300mぐらいとのことでした。このようなホタルイカの定置網がこの滑川に11か所あるそうです。11か所すべてを4チームで分担して引き揚げては戻す、という作業が毎晩続きます。

夜の海にカモメがたくさん舞っています。観光船には目もくれず漁船の周りを飛んでいます。そのカモメたちが忙しくなってきました。水面に舞い降りてくちばしを突っ込んでは舞い上がります。網が揚がってきたのです。

真っ暗な海の中に、青白い輝きがたくさん揺らいでいるのが見えます。海面では小さな青い光が水からすーっと空中に飛んでは消えていきます。ホタルが飛んでいるみたい。カモメがホタルイカの踊り食いをしてるんですね。いよいよ網が揚がってきました。観光船の電灯が消え、漁船の灯りも消されます。それはそれは美しい光景でした。

日本でもホタルイカの定置網漁をしているのは富山湾だけだそうです。底引き網ならばほかでもしているけど、定置網を手で丁寧に揚げるからホタルイカに傷がつかずに上等なんです、と案内役の方が胸を張ります。「それに産卵したあとのホタルイカを獲っているからホタルイカがいなくなることもありません」

「どうして産卵後のホタルイカだけをつかまえられるのですか?」私は尋ねました。「ホタルイカは夕方から夜にかけて、浜の方にやってきて産卵します。そして沖の方へ帰っていくのです。この定置網は浜に向けて仕掛けてあります。浜から帰るホタルイカだけをつかまえられるように」。なるほど、持続可能な漁業ってこういうことなんだなぁ、と思ったのでした。

地元の方に聞いたら、昔は浜へバケツを持っていって、産卵を終えたホタルイカをすくって、うちへ持って帰って食べていたそうです。「浜に上がると砂を噛んでしまうので、防波堤あたりでバケツにヒモを付けて汲み上げてましたよ」とのこと。「いまはスーパーや魚屋さんで買いますがね」。

山に住んでいる方のところへおじゃまして山菜をご馳走になっても思うのですが、昔はこのように「GDPに数えられない地元の営み」がたくさんあったのでしょうね。GDPに数えられませんから数字だけ比較すると「貧かった」となるのかもしれませんが、浜にバケツでホタルイカを獲りにいってそれを家族でいただく、という光景にはとても豊かな何かがあるように思えます。

今でも政治家や経済界では「GDPで測る経済成長率」に躍起になっています。でも「GDPって何者?」「本当に私たちの幸せに役立つの?」という問い直しが必要な時期に来ていると思いませんか? GNPやGDPが生まれた背景を知っていますか? 第二次世界大戦中、英国がヒトラーと戦うためのタンクなどを作るのに国民のやる気を引き出そうと、そのモチベーションのために作ったものだそうです。つまり、幸せや満足とはまったく異なるものを測る目的のために作られたものなのです。

GNPは人間の幸福に役立つ/役立たないに関わらず、あらゆる経済活動を合計するものです。たとえば、自動車の排気ガスからぜん息にかかった人の医療費や、凶悪事件の解決に投入される警官の超勤手当なども「国経済成長」の一端として合計されます。社会や人々が、幸せになっても不幸せになっても、お金が動けばGDPは増えるのです。

日本は昔からタンパク質の多くを魚介類から得ており、年間に1000万トン近くもの水産物を消費しています。日本海もたくさんのおいしい水産物を私たちに提供してくれています。近年、日本の漁業は資源をさまざまな制限等によって管理する漁業にシフトしつつあり、多くが漁期や漁具規制などを行う「漁獲の管理」や、漁場利用の取り決めや漁場の監視等を行う「漁場の管理」、漁業資源の増殖や資源量の把握等を行う「漁業資源の管理」などを行なっています。

昨年、持続可能性の専門家たちが集まるハンガリーでの国際会議で「日本の持続可能性への取組み」のプレゼンテーションをする機会があり、世界に誇るモデルとして、持続可能な漁業である「秋田のハタハタ漁」「駿河湾のサクラエビ漁」そして「富山のホタルイカ漁」も紹介してきました。

たとえば、駿河湾のサクラエビ漁では、1977年に「三漁協の全船が操業にあたり、あらかじめ決めた量だけを漁獲し、水揚げ金額も全船に平等に配分する」という制度をつくっています。

このような日本各地の実例は「この制度がなかったら、2-3年で撮り尽くしてしまっただろう。銀行に預けた元金に手をつけずに利子だけで暮らせばずっと生活できる。自分たちのやっていることはそれと同じだよ」という漁協の方の言葉とともに、これからの持続可能な社会での生産活動に大きな指針と希望を与えたようです。「感動した」「素晴らしい」とのフィードバックがたくさん寄せられました。

世界では主要な漁場19のうち17が乱獲によって崩壊したか崩壊しつつあると言われています。日本でもかつては「獲り放題」の漁業が主でしたが、減っていく漁業資源に直面し、各地でいろいろな取組み進められるようになったのでした。

県を越えての協力も、経済的な平等が基盤であると収益を平等に分ける仕組みも、海だけでなく森も含めて考えようと漁師が植林する「森は海の恋人」などの取組みも、目の前だけではなく時空を越えて広い視点で考え取り組むことこそが、住み続けることのできる地球を次世代に渡すための解決策であることを説得力を持つて伝えてくれます。

日本海にも世界中の海にも、いつまでもいろいろな魚が豊かに泳いでいるよう、私たちも含む世界中の人々が、「経済成長率」や「成長至上主義」に翻弄されることなく、「本当の幸せ」を大事にしながら暮らしていけるようにしなくてはなりません。そのために、みんながそれぞれ自分の頭で考え、自分心で感じ、そして自分で選ぶ力、自分で決める力を育んでいきましょう。

(2007年、日本海学の新世紀7、つながる環境-海・里・山)

「ちゃべちゃべ」でとやま心を話しましょう