34.石垣悟さん(富山って西?東?)

民俗学者の柳田國男は、昭和12 年に「越中と民族」という小文を発表した。そこにはこんなふうな記載がある。「富山懸は民族研究上に面白い特徴を持った地帯であって、私なども以前から深い関心を抱いている」。例えば、カタツムリの方言だけでも富山には四つもの系統があるといい、富山は「幾つかの文化圏の觸接地帯」として面白い特徴があると評した(柳田1937)。

日本の東と西を考えるとき、重要な位置としてクローズアップされるのが、名古屋を中心とした東海である。東海は東と西の境界あるいは混在地帯とされてきた。つまり日本の東と西を考えるときは太平洋側に焦点を当てて議論が展開されてきた。あるテレビの企画で肉じゃがを題材にしたが、肉は関西では牛、関東では豚を用いる。東海道沿いを一軒ずつ確かめていくと岐阜県内のある家で豚、その隣が牛となり、東と西の境界を発見という具合であった。この番組の内容がどの程度実証的であったかは疑わしいが東海を東と西の境界とみる人は多いはずである。

ところが、日本海側に焦点を当てての議論はさほど多くはない。地質学上の糸魚川ー静岡構造線の走る新潟県糸魚川市あたりを境界とする指摘は多い。しかし、本当にそうだろうか。

富山の山間部をみると、富山市の猪谷や庵谷、立山町の六郎谷などの「谷」が目に付くはずだ。この「谷」に注意しながら新潟側に目を移していこう。県境を越えてもなお「谷」はみられる。しかし、数は徐々に減るだろう。やがて上越市の湯の谷、桑取谷といった地名を最後に「谷」は姿を消す。逆に目に付くようになるのが、成沢、釜沢、川井沢といった「沢」である。「谷」も「沢」も両脇から山が迫り、狭間に小さな川が流れる地形を指す。この地形を日本の東では「沢」と表し、西では「谷」と表すことが多い。富山は西の「谷」が優勢で、東と西の境界は上越市付近になる。

言葉も見てみよう。東から来県した人は、富山人の会話を聞いて、関西弁との共通性に強く印象づけられる。東で「買った」「広く」「これだ」「〜しない」などというところを、富山では「買うた」「広う」「これじゃ」「〜せん」などという。これは西の言葉(代表は関西弁)に通底する特徴である。言語学の成果によると、東と西で異なる言葉の境界はいずへも富山より東にあり富山は西に入る。

もっと身近なところでいえば、市販のカップ麺がある。スープの味に昆布だしをベースにした西の薄味、鰹だしをベースとした東の濃味という違いを設けた商品もある。日清どん兵衛の容器では富山のものにはWすなわちwest、新潟のものにはEすなわちeastが表示される。

しかし、だからといって「富山は西」と言い切ることはできない。庄川地域の散居村は有名だが、同じような景観は黒部川流域にも見られる。この散居村の形成についてはいくつかの環境条件があるが、同時に社会的要因も指摘される。日本の村の社会構造には、「イエ」を強調する東と、「ムラ」を強調する西があり、それが景観にも反映されている(福田1993)。つまり、富山は、散居村に象徴されるように、個々の家/「イエ」を強調する東に位置するとも言える。

しかし、事はそう単純ではない。富山には両者の境界、あるいは混在を示す事例も多い。滑川市の中川原と常盤町で国の重要無形民族文化財にも指定されているネブタ流しが行われる。この「ネブタ」という言葉は、ネプタ、ネブリナガシなどの名で、東北を中心に東日本に広く分布していることがわかる。ネブタ流しから半年後の一月第二日曜日に入善町上野でサイノカミが行われる。デクノサマと呼ぶ木製の人形が登場することで注目されるが、サイノカミの行事名は東に顕著にみられる。

富山の伝統行事には東の要素が確実に入るが、その多くは呉羽山より西まではあまり及ばないようである。反対に西の要素はどうだろうか。

下村加茂神社で6月初卯の日、豊作を祈願して御田植祭が行われる。この祭りは、農耕の様子を予め模擬的に演じることで実際の農耕も計画通り進むことを祈念する行事である。類似の行事は全国に見られるが、神社の境内や拝殿で行う御田植祭はほとんどが西にみられる。日本海側では北限は新潟県佐渡市になるが、本州ではこの神社のものが北限となる(石垣2014)。

下村加茂神社には、鰤を用いた行事の鰤分け神事もある。元旦、神前に奉納された塩鰤が切り分けられ氏子に配られる。類似の行事は中能登町の能登部神社にもみられる。これとよく似た行事が、新潟県長岡市のかな峯神社にもみられるが、ここでは鰤ではなく、信濃川で獲れた鮭が用いられる。

実はこの鰤と鮭も西と東に対応している。日本では神社のみならず一般家庭でも、正月には西は鰤、東は鮭を食してきた。どちらも正月前が旬であることから、年取魚、正月魚として珍重されたのである。(以下、略)

(大学的富山ガイド、富山大学地域づくり研究会)

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